Alopecia ~脱毛症の根治を目指す~

突然脱毛症になった!毎日ウィッグで奮闘したり、グルテンフリーに挑戦したりするお話

脱毛症の心の中

人の気持ちは100%わかるわけではない。気持ちに寄り添うことができるだけ。

 

脱毛症になって身に染みたことは、自分の気持ちは自分にしかわからないということ。

 

それから、おなじような状況に陥っても、感じ方は人それぞれだということ。

 

このブログを見ている人は、おなじ脱毛症の方も多いと思うけど、私の観点で書いた記事に、みんなに共感してもらうのは正直難しいと思う。

中には、「ハゲ」と言う言葉自体嫌悪感を抱くようになってしまった人もいる。私は自分のこと自分でハゲって言うときもある。脱毛症でも明るく達観している方もいると思う。

でも平気そうにしてるからって傷ついてないわけじゃない。これが私の精一杯だ。

 

みんなと気持ちを共有するって難しいし、無理。

脱毛症本人もつらいけど、家族もつらい思いをしてるかも。みんなそれぞれのいろんな思いがあるよね。

私の記事も、どこかで誰かを傷つけてるかも…。なるべくそうならないように、見直してできるだけ手直しをしているつもりだけど…。どうしても私目線だからね…。

人の気持ちを100%わかるなんて無理だからって、突き放すのも違うと思うから、できるだけ寄り添う努力が大事で、それだけでもうれしかったりする。それから、つらい経験を乗り越えると、その分想像力が働くようになって、気持ちに寄り添うことがよりしやすくなるんだろうな。私の脱毛症の経験も、そういう意味では何かのプラスになるのかもしれない。

それから、相手のつらさや気持ちを自分の基準で判断してはいけないんだって身に染みてよくわかる。ま、もしかしたら気づかずにそうしてるときはあるかもしれないけど…。

 

脱毛症は、体が傷むわけじゃない。痒くもない。おなじ自己免疫疾患でも、リウマチとか膠原病みたいに、もっとつらい症状の人もいる。癌の治療で脱毛している人もいる。だから、わたしはその分幸せで、感謝しなきゃいけない。

そういう風に思ったこともある。

でも、じゃあつらくないかというと決してそういうわけではない。他の病気の人にはわからないつらさや気持ちがある。あなたのほうが辛いんだから私は我慢する、というのはけっこう気持ちをすり減らす。私の気持ちをわかってほしいと期待はしないけど、自分のつらさをただ無視してにぎりつぶすのではなく、受け止めることも大事じゃないかと思う。

痛みがない病気だという点は感謝だけど、ほかの代償もある。

脱毛症はいつ治るかわからない。いつまでウィッグをかぶればいいのか、皆目見当がつかない。一生こんな頭で過ごすのかもしれない。わたしは結婚もしてないし、女性にとって大事な髪が、ある日突然何の前触れもなく消え去り、原因も治療法もない。

それに、病気でもなく明らかに元気なのにウィッグをかぶっていることにたいして怪訝な目を向けてくる人もいる。わたしのことを、ただの変わった人と思ってる人もいると思う。そういう人に限って直接聞いてこないので、ウィッグをかぶっている理由についてきちんと説明する機会もなかったりする。

あと、脱毛症だって軽く話すと、必ずと言っていいほどメンヘラ認定される。違うっつうの。確かに豆腐メンタルだけど。先入観みたいのができあがるとそれを崩すのは難しく、いくら自己免疫疾患っていうんだよって説明しても、なんか憐れむような目を向けられたりする。めんどくさ。

新しいコミュニティに入るときや、以前から知り合いだった人に会うのはものすごく嫌だ。仕事も、人によってはあきらめないといけなかったりするだろうし、そうでなくても人事異動のたびにいやな思いをすることも増える。仕事を替えたいと思ってもかなり勇気がいる。

 

こういうことで、毎日地味に疲弊している。

 

わたしは毎日泣き暮らしているわけじゃないけど、だからと言って、この体験を糧に明るく前に進もうよ!☆みたいなテンションでいるわけでもない。

もちろんそうやって明るくできたら言うことないと思うけど、現実はそうでもない。上に書いたようなことで モヤモヤすることも多いし、そういう疲弊する自分も含めて認めてあげようと思ってる。